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2011年1月20日 (木)

バイオリニストの聴覚、時間のゆがみ

最近バイオリンの音をプレーヤーはどう感じているのかよく考える。聴覚には骨から伝わる骨導音と、空気、鼓膜を介して伝わる気導音がある。バイオリンは鎖骨と下顎骨で支える不思議な身体運用をする楽器。鎖骨を利用した道具は珍しい。とにかく骨、耳両方から脳の小さな蝸牛に届く。ベートーベンが聴力を失って棒をくわえてピアノを弾いたとか、難聴の人の電話機もこの骨導音を利用する。僕も鼻づまり、副鼻腔炎がおきると頭蓋骨の空洞がふさがれるため骨導音が変化する。つまりバイオリンの音が脳内で変わってしまう。
バイオリンのプレーヤーはこの耳の情報と骨の情報2つを同時に感じているはず。耳からピアノを聴き、骨から自らのバイオリンの音を感じる。なので自分の出している声やバイオリンの音が、自分の印象とちがうことは多い。録音すると如実にわかる。「えー!こんな音だったの?」

「えーオレってこんな声なの?」というのもそう。録音した自分の声に悲しくなった経験をお持ちの方もあるでしょう。バイオリンの職人さんとも、聴いている人の耳に空気をふるわせてバイオリンの音が伝わる。それは自分の頭蓋骨から伝わった音とはちがうでしょうねと雑談。職人さんが「これがいい音だよ」って言われた音が、(えーそうかな・・・)と思ったとき骨と耳の違いに気がついた。だから楽器の善し悪しや、弦の善し悪し、自分の気持ちいい音と、相手が気持ちいい音が違う。そして厄介なことに骨に伝わる音の方が耳に伝わる音よりも速く脳に伝わる。この音の伝導率の違いが時間の遅れ、ため、こぶしにも応用できる。しかし演奏者は、聴衆の時間よりも先をいっている。つまり出している音よりも心に浮かぶ音は既に先へ先へと時間のねじれが起きる。この時間を先取りする身体運用が練習によって磨かれプロたる由縁。

だからいつも良い演奏者は、その身体から音が鳴っているように見える。僕の師匠もお腹から音を出せ、呼吸をしろ、上半身で弾くなと盛んに指導された。ベルトを緩めて腹式呼吸をして。音を耳に伝えながらもお腹から音が出る。そんな身体運用をし時間を先取りしながら骨と耳の音を聴く。
人間の能力とは素晴らしいですね。この一つの身体と楽器が一体となった状態から、様々な科学的に分かっている経路をたどり、楽器と身体が共鳴する。その共鳴にさらに演奏者の蓄積した感情や情熱が加わる。

そんな奇跡を目の当たりにすると、「あの音が長い、ここは急いでいる」という音楽の指導の語りが虚しい。音楽を表現する言葉がもどかしい。よい師匠、よい指導者はこの言葉以外の何かを伝えてくれる。さあ、今日も帰ったら短い時間でも自分の身体を共鳴させてみよう!

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