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2010年8月21日 (土)

緩和ケアも変わらなきゃ We can change.

時々言葉が次々と浮かんでくる日があります。
連続してツイッターに書き込むのですがこちらにもまとめて。

がんの治療病院では「治療をしないのなら入院は出来ません。」「外来通院できないのなら化学療法はしません。」ホスピスでは「治療をするなら入院は出来ません。」「入院するのなら化学療法はしません。」こういう図式のままずっと平行線。

いくら病病連携に解決を求めても、医療者が主役の連携。患者さんが中心の連携ではない。「じゃあ、治療病院で緩和ケア病棟を作ればいい」「じゃあ、緩和ケア病棟で化学療法ができるようにすればよい」すぐに考える。これも医療者中心の発想。

最近つくづく思うのは、治療医も緩和医も含めてチーム医療をしなくてはならないこと。でも所属先、勤務先がちがう医療者同士はなかなかチームとして機能しない。僕の病院では、大事な話し合いには全員ではありませんが、治療医、緩和医、病棟看護師、緩和看護師が、患者さん、家族と話しあう。

患者さんは病院を変えることは本当に大変なことなのに、「治療」だけを考えてホスピスから治療病院に転院、また再転院とか平気で緩和医、ホスピス医がしゃべる。いつの間にか緩和医も「diseased based」な考え方に退行しているのに気がつかない。そんな不快な気持ちになる勉強会でした。

緩和を目的とした薬物療法。どんどん進化するに従い、緩和ケア病棟、ホスピスの役割が変化している。その変化を嫌う緩和ケア病棟、ホスピスの勤務者は道を失い、自分たちの理念にあった患者さんを囲い込む。いわば「エリート化」した発想。

この「エリート化」した患者を集めるという発想が、在宅医、ホスピス医、緩和医にも蔓延している。「認知症のあるがん患者はちょっと・・・」「せん妄や不穏は困ります・・・」。治療をやめて緩和ケアに来るという古い価値観と「エリート化」した患者しか診ないという、固定観念に気がつかない。

そしてその固定観念を打破できない緩和系医療者は、口々に「にわか緩和ケア医になにがわかる」「質の低い施設や緩和ケアチームがある」と話し出す。挙げ句の果てに「昔はよかった」のような話しをきくとぞっとしてくる。

緩和医は自分自身のイデオロギーと理念に酔わないで、もっと腫瘍学を勉強した方がいい。「自分だけが志の高い、感性のある、正しい行いをしている医療者」と思ってはならない。時代と共にどんどん医療は変化している。自分たちが変わらないと、自分たちに時代と患者さんは合わせてくれない。

腫瘍系の臨床医、基礎医はもっと真剣に臨床や研究をしている。手術を磨き検査を磨き、薬物療法を磨き。遺伝子の解析を磨き、新しい蛋白の発見を磨き。そのあふれるような情熱に緩和ケアに従事する医療者は向き合う覚悟はあるのか?

ほとんどの緩和ケアに従事する医師は、大学医局の束縛から離れている。大学医局を批判することはいくらでも出来るが、一見無意味と思われるような多くの煩わしい雑用、根回し、そして膨大な時間と、権力への服従。それら全てを乗り越えてなお科学的に高い成果を上げる彼らに向き合うことが出来るのか?

自分の理念やイデオロギーだけで、腫瘍系の臨床医、基礎医の多くの実績に向き合ってもまるで「力のない青臭い学生が、大人は汚れている」と批判するに等しい。

腫瘍系の臨床医、基礎医の多くの実績に恥ずかしくないような実績を上げるにはもっと努力が必要だし、大人の言葉で向き合う必要がある。そう思って、自分に厳しく医療活動をしてきた。謙虚にいろんな人たちと向き合うように努力する。自分の代わりに診察をしてくれた研修医に対しても敬意を払う。

最近の緩和ケアの学会、研究会、勉強会はまるで同じ番組の再放送のよう。もう何年も同じ番組を流す退屈なテレビのよう。みんな本当は気がついている。「もう変わらなきゃ」でもどう変わったらよいのか分からない。何から始めたらよいのか分からない。

自分が「普通の医者」を辞めてホスピス、緩和ケア病棟で働き始めた30歳の時、自分は固定観念からの脱出、 茂木先生の言うところの脱藩をしたと思っていた。でも8年も経つと、脱藩した先に定住して新たな藩に所属してしまっている。新しい固定観念に縛られている。

絶えず新しい価値基準、新しい価値体系を探し続けないと自分自身の進化が止まる。進化が止まれば、時代から見捨てられその価値は失う。その新しい価値体系のヒントは「患者さんのため」という軸足がぶれなければ必ず見つかる。

同僚の残した言葉 「心のありよう」「患者さんに仕える」 「病めるものの隣人になる」 僕にはキリスト教信仰は残念ながらないが、彼の言葉に多くのヒントを頂いた。 http://bit.ly/a9yLYZ

最後にもう一度くどいけど結論。もう日本のホスピス、緩和ケア病棟は新しい価値体系を創出しないと、患者さんや時代から見捨てられる。残念だけど舶来のサイズの合わないだぼだぼの服はもう着られない。国産のサイズのぴったりな最新のデザインの服が必要なのである。

また何かしらそのヒントがおぼろげな形を作り始めたらまた書き留めていきたいです。

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