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2010年5月13日 (木)

最期の言葉

今朝方も、お別れがあった。ほとんど一緒に病院で過ごす時間がないままのお別れでした。
どなたにお会いしても、その日からどのくらい一緒にいられるのか、分からぬままそれでも確かに短い別れは約束されている。

残された日々に曇りがないよう、その方とそのご家族とは自分の中ではいつも真剣勝負。闘うわけではありませんが。

一目惚れしてもらえないと、その方々と向き合う事なんて出来ない。
「苦痛をとること」
「優しい言葉をかけること」
「親切にすること」

そんなことよりもまず
「自分を好きになってもらうこと」

「好き」になれない相手は信頼できない。どんな言葉をかけてもどんな理論をぶつけても、どんなエビデンスを応用しても、どんな業績をひけらかしても何の役にも立たない。

しかも毎日色んな人たちがいて、それぞれみんな違う。

今日お別れした方は、自分を好きになるヒマすらなかったかもしれない。もう少しだけ一緒にいたかった。そして最期の言葉を奥さんにかけていた。ほとんどの方はそういう「最期の言葉」は残さない。テレビを見ていると、急に亡くなる前は改まった話しをして、そして急にめをつぶる。そんなの本当じゃない。もっと前から死は始まり、生は終わる。その境目は分からず意識のグラデーションは時間と共に変化していく。
「だんだんと眠っていく」
それが自然な亡くなり方。それでも急に亡くなろうとする方々は、最期まで意識が保たれていることがある。でも他人の僕には決して最期の言葉はない。それは親しい、愛情を分かち合えたご家族にだけ向けられる。今まで立ち会って聞いた言葉たち。それらは、今までと同じ今日を生きるそれだけのことしか分からない。亡くなり行くってそう言うものかもしれない。

Aさん 「わしの自転車は、孫の○○にやれ」
Bさん 「すごいなあ、すごいなあ。人って亡くなる前になると分かるんだなあ」
Cさん 「ありがとうな」

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