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2010年3月

2010年3月25日 (木)

眠っているとき人はどこへ行く?

最近、自分の心の中にふと気がつくメッセージがなく過ごしていましたが、今朝久しぶりに出会いました。また、そういう瞬間は不思議と普段自分が考えていないことが、自然と言葉になって出てきて、自分の心に染み渡るというとても不思議な体験をします。

嘔吐が続いている患者さんの治療にあたり、様々な治療を加えてほとんど嘔吐がなくなりほっとしている患者さん(女性)とお話ししました。
以前は、ご主人は仕事ばかり、子育てから家事から全てのことを毎日取り組み、どちらかというとご主人に不快な様子でした。2週間前までは。いつも昔の恨み言を僕に話しては、自分の人生は何だったのかと話していました。

ある日気がつくと、いつもと違う表情。優しく、穏やかになっている。「何かいいことがあったんですか?」と聞いてみると、「毎朝ご主人の顔を見るとほっとする。今まで思わなかった気持ちが浮かんでくる」とのこと。
「それはどんな気持ち?」
「感謝の気持ちなんです。とにかく感謝なんです。」
「娘さん達にも?」
「そうなんです、娘達にも孫にもここにいる看護婦さん達にも(ところで普通看護師さんとは高齢の方々は今でも言わない。まあどう呼ぼうと全く差し支えないと思うが・・・)なんです」

「どこからその気持ちは来たの?」
「さあ、誰から教わったわけでもないので。」
「そう言うのを悟りって言うんでしょうかねえ」

以前よりも体の苦痛がなくなりよく眠れるようになった。以前から、睡眠とうつ、睡眠とQOLの関係は科学的に議論されてきたが、確か誰かも言っていたような気もするが、ああ、睡眠というのはどこか別の世界に行くことなんだなあと最近思う。
その別の世界でその女性も「おまえはもうすぐ死ぬよ」と言われた夜があり、その次の日の朝は泣いていた。
本当に表情をみるともうすぐ亡くなってしまうのかなとも思ったけど、「断ってきた」とその女性は話していた。次の日から晴れ晴れとした優しい穏和な表情になったので、すごい体験なんだなあと思った。

そして、毎日眠っている間に、あちらの方と(あちらってどちら?)話したり、教わったりしてこっちに戻ってくるんじゃないのかなあと思う。そして「感謝の気持ち」やら「違う物事の考え方」を教わる。
瞑想や座禅、ヨガなんでもそういう働きがあるのかもしれない。アルファ波とか、睡眠の研究をする人たちもいると思うけど、そのアルファ波が出ている間、魂がどこにいるかが僕の関心事なんだなあと思った。

うつになったり体の苦痛があると、こちらの世界にずっと魂はとどまっているのできっとつらいんだろうなって考えて、我が妻のように「眠れば大抵の悩みはなくなる」と豪語する(!)人たちもきっと、魂がこちらの世界の垢をどこかで落としてまた戻ってくるんじゃないのかなあと思う。

亡くなる前に患者さんの中に「感謝」という言葉に集約される気づきをされる人たちが多くいる。そして「感謝」の気持ちの中で周囲の人たちの深い「愛情」を受け止めて、この世を去られる。そんな言葉が心に自ずと浮かぶには、眠れることが一番大事なんだと思う。そして、「こんなに眠って大丈夫ですか?」と話す家族には、こんな話しを時々するようにしている。

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2010年3月17日 (水)

物質的医学

患者さんからだけでなく、色んな所から来るメッセージが心の中で反響します。

医者になろうと思ったのは、高校3年になる頃。それまでは、ハンドボールとバンドに明け暮れて、オヤジに反発して(オヤジは開業医)絶対に、医者になんかなるものかとずーっと思っていた。昔からオヤジを見ていて医者ってこういうものなのかというイメージがよくなかった。
熱が出ると、注射か薬。
アレルギーが出れば、原因探し。

子供心に甘えていたんだろうなあと思うけど、熱が出たら、薬を考える前に「大丈夫か」と言って欲しかったんだと思う。そして、やさしくしてもらいたかったんだろうなあと思い返す。風邪をひいて小学校を休んだときに、理由は忘れたが、母親が不在で、オヤジと二人でうどん屋に行ったことを今でも思い出す。風邪をひいてつらかったはずなのに、今でもよくよく覚えている。去年息子を連れて帰省したときもそのうどん屋に行ったらちゃんとあった。
なぜこのときの記憶は妙に残っているんだろうと思うと、やはり薬ではないものを感じたからだと気づかされる。

オヤジに反発して、航空学科のある大学を受けてみようと思っていた矢先に、その頃自分もすっかり悩みきってしまい今思えば青臭いことばっかり考えてついに学校を休んでしまった。その時に出会った、心療内科のお医者さんが何の薬も出さず、ただひたすらに自分の話すことを聞き、一言「心に残った言葉をノートに書いて下さい」こういう治療を受けて随分と自分が内観することに協力してくれた。
多感な時期に、それまで物質的な世界だと思っていた医学の世界に違う一面を見いだして夢中になった。それからは学校をサボっての猛勉強。大変だったけど今こうして医者になれた。

オヤジは思い返しても何も悪くない。医学教育を受け、色んな医者と接していて今でもつくづく思う。人は物質的な世界には夢中になれるんだなあって。今緩和ケアをしていてもそういう場面にはいつも遭遇する。
「麻薬Aと麻薬Bなら、やっぱりAの方が優れている。」
「抗うつ剤Cは、やっぱり副作用が少ない分、Dよりよい。でもDはぐっすり眠れていいよね」

こういう物質的な議論は盛り上がり尽きない。自分も緩和ケアは好きな分野なので、海外のジャーナルを複数毎月ざーっと読んでいると大抵のことは何となく記憶できる。そしてその物質的な議論にエビデンスという刀を振りかざして挑んでいく。

最初は夢中になっていたけど、ちっとも楽しくない。そう、エビデンスの刀を振りかざす事で自分をただ大きく見せようとしていたんだと気がつく。そしてそういう物質的な事に全く関心がないことを痛感した。

ある方に言われた。「前世では、物質的な事に夢中になりすぎていた。だから、きっと今は違うんだと思いますよ。目に見えないものの方にむしろ興味がひかれていくはずです。もしも物質的な事に再び心を奪われたら、もう大変です!(要するに今世での学習が遅れるという意味)」ああ、なるほどなと腑に落ちた。幼少の頃から、オヤジを見ていて医者に違和感を覚えたこと、医学教育を受けていて虚しかったこと、卒業して脳外科で物質的な世界にひたり物質的な議論を繰り返して心底からいやになったこと、緩和ケアを目指してもある種嫌悪感を覚える講演や、文章に接してしまうこと。

でも「物質」の反対語は「精神」だそうで。その「精神」を扱う医学も気をつけないとすぐに薬を展開していく「物質」的な世界になっていく。それが悪いとは言わないが、自分には全く関心がない。自分の心に広がっている医学の世界をうまく表現できないか、エビデンスや物質的な議論との融合が出来ないか、きっとそこら辺りが自分にとってのライフワークなんだと思う。

「いやー、治る力がないんじゃないかなあ」こういう意見をカンファレンスで話しながら、なんとまあ根拠の欠けた他人にわかりにくい意見かと自分でもあきれていた。でもCTでは・・・、CRPが・・・とかそう言う世界は単純でわかりやすいが、最近ますます全く関心がなくなってしまった。。。やれやれ。

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2010年3月 9日 (火)

Presentation Zen

以前からMacintoshを愛用しており、その世界観にはすっかり馴染んでいました。また有名なCEOのSteve Jobsのプレゼンテーションにはいつも関心を寄せていました。
たまたま、東京の出張の帰りに新幹線の中で読もうと手にした本がこれでした。
プレゼンテーション Zen Garr Reynolds、ガー・レイノルズ、
とても面白い内容で、帰りの新幹線があっと言う間でした。
かねてより、字を少なめにプレゼンテーションスライドを作っていましたが、ここまでやって初めてZenと思い2010年よりこのスタイルで挑戦しています。

先週もとある勉強会で、伝統的な医療系プレゼンテーションをみました。本当に退屈で、
「スライドはビジー(字がたくさんで読みにくい)ですが・・・」とか
「詳しくは、成書やWebでアクセスできるガイドラインが、ボクの話よりずっと詳しいです」とか
せっかく聴きに来たので、何か一つでも良い話しをと思っていたところ、知り合いのA先生が質問してくれました。
「あなたの印象として、何をやっても難しい人はどうしていますか?」
「ああ、その場合は、あらゆる推奨された薬物を使いますとどれか一つぐらいはうまくいきます」

Presentation Zenにもある内容ですが、やはり聞きに来る人たちは「スライドを見に来るのではなく」「あなたの話を聞きに来る」んですよね。また人は「物語」に引き込まれるのであって、知識の羅列には全く関心を示さないと言うことがつくづく思い知らされます。

自分も毎月のようにどこかでプレゼンテーションをしていますが、反省し今年になってから2回やり方を変えてみました。時間配分が難しく、今まで「何分の講演なら、何枚のスライド」というのが狂ってしまいました。どうも後から計算すると自分にとっては

講演時間 × 0.7 枚

でした。しかしこれだと語りが少なくなるので、0.6程度でやると良いのかもしれません。
よく知られた数字ですよね。

さっきの講演の方に戻ると、全く物語がなく、字がいっぱい。
暗い照明の中で、字がいっぱいのスライドだけが明るく、講演しているドクターの顔はおろか、表情すら分からない。つまらない時間でした。

終わってからの懇談会で、「先生は正直、この薬についてどう思います?」
「あー、それはですねえ、今まで10人のうち6人が大丈夫で、4人がダメだったのが、この薬のおかげで、残りの4人のうち、1-2人は助かるようになりました。それでも残り1-2人は困っているんですよね。」

こういう話しが聞きたかったなあ・・・

演者の情熱も知識も伝わらないプレゼンテーション。僕自身もいろいろと見直してみます。
準備のプロセスは変わりますが、相当多くの方々の関心をひきつけ、眠気を覚ますことができます。

どこかでお会いしたら感想を下さいね。

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2010年3月 3日 (水)

最後の祈りと執着

この数日で、速いペースで人が天に帰っていきます。僕にはあちらに逝く人達の本当の話しは直接聞く事ができないので、残される方々の、いわば執着が残らないように努めて取り組んでいる。

苦痛がないように、家族の心配不安が少なくなるように。

でも一番大切なのは、本人は苦しまずにあちらへ行くという事をはっきりしたメッセージを送る事だと思う。

昨日もある方が、天に帰っていった。多くの方がそうであるように、もう生きる事には執着も徐々になくなり、無念そうな顔は全くなかった。ガンという病気はゆっくりすすむせいか、少しずつ少しずつ執着がなくなるのかもしれない。初めて会った時には、初対面なのに、もう十分に生きて来ましたと、はっきりと話された。涙を浮かべながら、これからの事はよろしくお願いしますと。要するに安らかに亡くなる手伝いをして欲しいと言われた。

でも、早く死なせて欲しいとは一度も言われなかった。静かに自分の状況を受け止めている。検査の結果でも何でもない。自分のからだの事は自分で気がつくという事なんだとつくづく思う。

多くの家族と兄弟は、献身的に毎日毎日、からだと心をすり減らしながら愛情と別れ難い未練を、その方に注いでいた。そして、家族と兄弟はいつしか、言い争うようになった。それぞれの愛情の深さを、示しながら私はこんなに兄貴を想っている、私達家族も精一杯やっている、変な衝突。

こんな時はいつも、僕が間に入りそれぞれの話しを聴きながら司会のように話し合い、言い合いに参加する。一つの事は必ずぼやかさずにはっきりと話すようにしている。それは、必ず 「いつかは、その方と必ずお別れをする」ということ。そして、その道のりをみんながどうやって協力したらよいかを静かに助言する。

そして、何度も家族会議に参加し、それぞれの思いを聞きながら、最後に話す。「みんな、この方のことをとても大事に思っていて、そしてとても一生懸命やっているですねえ。」「何とかみんなの気持ちを一つにできないものでしょうか。それぞれの皆さんの気持ちを、毎日かわるがわる本人に届けて下さい。」

数週間でお別れの時が来ました。その日は午後から、自分もバイオリンを演奏しようと計画していた病棟のイベントがありました。残念ながら、その方は参加できない。ご家族も楽しみにしていました。
受け持ちの看護婦さんから頼まれ、その方が葬儀社の迎えに来たときに広い部屋で家族総勢20名近くを集めての、最後のコンサートをすることにしました。「どんな曲がよいですか。」と家族に聞くと、ハーモニカでいつも明るい曲を吹いていましたと話していました。

それでも、それまでの時間皆さんと過ごして、この方々が是非ともその方への心のつながりを(それを執着と呼ぶことにする。)うまく対応できないか、おbsessionからattachmentにかえる事はできないかとつくづく考えて、選んだ曲は「千の風になって」

そうです、肉体や墓にはその方の魂はもうない。執着を残さないことを伝えるメッセージがこの曲には含まれています。またこの曲の歌詞には、次の世代に何かを伝えていく、その方の人生の達成が、残される方々へつながるような祈りが含まれていると僕は理解しています。

うまいアレンジがしてありました。「千の風になって」とモーリスラベルの「亡き王女のためのパバーヌ」が混ぜてある演奏でした。「みなさんのために演奏します。」と声をかけてひとしきり演奏しました。

家族と看護婦さんたちのすすり泣きをみないように(みてしまうと僕も感極まって、演奏できなくなるので)そこらここらを漂う、その方の魂を感じ、目の前の肉体には既に何も宿っていないことを強く強く確信しました。演奏を終えて心に浮かんだ言葉は、「またいつかお会いしましょう。」

また明日から皆さんが生きていけますように。

もう少し仏教で言うところの執着を勉強しなきゃ・・・20100303_101516


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