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2010年2月12日 (金)

長期休暇からの復帰・初日

毎年、2月に長期休暇といっても1週間だけですが休みます。
今年も無事休暇を取りました。

いつも職場に戻るときに道中は、「このままずっと休んでしまいたい!!」とつくづく思うのですが、職場に戻り、それぞれの患者さんは笑顔で待っていてくれたことを伝えてくれます。

ある寝たきりの方に、「私のために、先生は生活を犠牲にすることなんてないのよ。」その方はいつも、気持ちが落ち込み、うつ状態にある方です。「動けなくなってまで生きている意味はない。この部屋でもどうやったら自殺できるか、考えている。今の状態では自殺すら出来ない。本当につらいわ・・・」といつも話されます。また一方では、「少しでも動けるようにならないかと、リハビリを続けたい」とも。

ご主人、娘さん、小さなお孫さんがいて。
病院で働く医療者の目からは何が希望かちっとも見えてこない。生きる希望って何なのか。
「ご家族の愛」
「普遍的な自律」
「たとえ動けなくても、あなたはあなた」
「もっと大きな存在への畏敬に気づく」
"Dignity"
"Love"

様々な言葉は医療者の前を通り過ぎて行くけど、何かすっきりしない。
目に見えないもの手に取れないものがきっと大切なのは間違いないけれどもそれがどういう概念の事なのか。

見聞きして一瞬見えないものが手に入ったと思っても次の瞬間には指と指の間からこぼれ落ちていく。

本当の希望を探し続けるのは大変なこと。それでも、それを患者さんと一緒に探し続けることが自分にとっての生きる使命と気がついている。本当の希望を、文字や文章で表現できるのだろうか。

「そんな患者さんから、1週間話したいことがいっぱいあった。」
「自分のこともきちんとしなきゃね。」

そんな風に話しかけられると、ああ、自分と患者さんはいつも対等な関係なんだなとつくづく思い知らされる。

そんな対等で、平等な関係の中に何かしら探し続けていることのヒントがあるんじゃないのかなと思う。

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