2018年11月 6日 (火)

人の多様性に医療で応えるために

久しぶりに東京を歩いていると、人の多様性について思いを新たにします。神戸の風景と変わらないチェーン店、見慣れたロゴと看板も目につきますが、どの街角にも小さな店が軒を連ねています。その一つ一つの店にはそれなりに客がつき、それぞれの時間を過ごしています。 色んなものを売る色んな店、ついさっきも目に入ったのは、「輸入テーブルクロス」の店でした。客はいませんでしたが、私の想像できないような小さなマーケット...

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2018年6月19日 (火)

達成感を感じた人、これから感じる人へ

恒例の緩和医療学会に参加しました。自分の動向も含めて感じたことを。 最近自分の年齢を重ねてきたためか、「若い人達を育てて」という考えを持ったり話したりすることが増えてきた。自分の経験も含めて、幾つか今思っていることを書き残しておこうと思います。 1. 「若い人達」はポストを与えればあとは、勝手に育つ。 いつも自分も含め先達は、プロジェクトを任されそして達成する。その達成感をまた誰かとシェアしたいと...

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2018年6月15日 (金)

がん患者の自殺について

日本人が、がんと診断され最初の1年は、自殺のリスクがかなり高まる(23.9倍)ことが分かっています。(引用) 私自身が体験した、自殺した患者についてBuzzFeed Japanに寄稿しました。 患者の自殺は、残された人たちの心を壊す 心や感情までも乗っ取ってしまうがん (この話に登場する人物にモデルはいますが、仮名を使うなどご本人とわからないように詳細は変えて書いています) 「きゃー」 ある日の午...

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2018年6月14日 (木)

死亡診断書(自分で印刷したもの)の扱いについて

最近、自分の勤務地の役所より、電子カルテから印刷した死亡診断書について、色々と指導を受けました。その内容は全て根拠のないものであることが分かり、文書でやり取りをし、最終的には当方の意見を役所に受け容れて頂きました。他地域、他職場でも様々な誤った運用もあると聞き及んでおり、記録として残します。 まず大原則として、「死亡診断書は、PCで出力してよい。手書きでなくても良い」ことを法務省、厚生労働省より確...

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2018年5月 4日 (金)

医者の夫婦喧嘩

必ず夫婦の喧嘩になる話題がある。それは妻の知人からの健康相談だ。「親が○○という病気になった。どこの病院へ行ったら良いのか」「子供が病院から××という薬をもらってきたが、本当に飲ませて良いのか」と言った内容だ。既に医者に診察を受けた上で、さらに不安を感じ相談をうけることがほとんどだ。 自分は医者だけどその前に、プロなので無償の相談には一切応じない。人の能力を使うのに代価を差し出さないのはとても失礼...

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2018年4月15日 (日)

薬の力で、最期は苦しまず、眠るように逝きたい

以前から一般の方向けに、終末期鎮静の話を書いています。また現在終末期鎮静に関するガイドラインの改訂に関わっています。 特に倫理観について、日本でも考えが 医療現場では、この数年で、死に向かう患者の意識が変化してきたと実感しています。より自分自身の考えを重視するようになってきたのです。 それまでの生き方、人生の功績に関わらず、病と死の苦痛は、誰しも公平にやってきます。人は最期は苦しまず、人は皆、眠る...

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飲食を絶ち、自ら死期を早める患者たち

医師は誰しも過去に苦々しい経験をしています。もちろん私にも、どうしても忘れられない出来事があります。 それは、外科医のように上手くいかなかった手術や、内科医のように病気を見過ごしてしまった出来事ではありません。以前働いていたホスピスで、患者の死に加担してしまったのかもしれないという疑念を、今もずっと振り払えないでいるのです。 続きはこちら

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自宅での看取りを、美談にしてはいけない

「日本では1980年が過ぎた頃から、家で亡くなる人と病院で亡くなる人とが逆転し、今では8割の人が病院で亡くなります。しかし、6割の人達ができるだけ自宅で療養したいと望んでいます。私の経験からも、住み慣れた自宅で最期を迎えることはとても素晴らしいことです。もっと在宅医療を広めなくてはなりません」 壇上では、在宅医療で活躍する医師が、現状を憂う表情と口調で話していました。(またこの話か)と私はうんざり...

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安楽死は、苦痛から逃れる最後の手段ではない

往診医が感じる、毎日の色、家庭それぞれの色彩 誰しも毎日の生活のなかで、曜日の色があるのではないでしょうか。日曜日の空はどこまでも青く、月曜日の道路はどこか灰色、そして土曜日のベランダは日の光が鮮やかな金色。私は実は金曜日の色が一番好きなのです。しかし、その色彩は生死の境を描く、言葉にしにくい色なのです。 私は、自分で通院することができない方々のために、自宅に往診する仕事を続けています。医師が患者...

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死亡「遠隔」診断 遠く離れていても心は届くのか?

最近始まったICTを使った診察について、私の考えを書きました。 ホスピスで働いていた頃、過労でつぶれかけました。その時から、働き方、そして医師と患者の関係についても考える様になったのです。 医師の社会的役割 医師は人の生死の場に立ち会い、その上で診断書を書くことが医師法によって定められています。 自宅療養中の患者の臨終に際し、医師が遠方にいてすぐに立ち会えないのであれば、看護師が死亡を確認し、スマ...

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