2022年8月 3日 (水)

「半分こ」したお好み焼き

僕の故郷には、お好み焼き屋が多い。2つ年上の従兄が暮らす町内にも、馴染みの店があった。従兄とその店へわずかな小銭を握りしめて行き、いつも一番安い豚玉を1枚、二人で食べるために注文していた。 焼けるのを待っている間、お店のおばちゃんは色々と話しかけてくる。「いくつになったんや」(8歳です)「あんたはどっからきたんや」(名古屋から時々来ます)「そうか、この子の弟のようなもんやな。悪い遊びを教えたらいけ...

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2022年5月18日 (水)

苦い苦いコーヒー

僕は広島に住んでいた祖母の苦い思い出を、今でも忘れることができません。 その思い出は、胃を悪くしていた祖母が好きだったコーヒーを飲ませないように孫として注意していたことです。「ばあちゃん、コーヒーは体に悪いから飲まないで」と言ったとき、祖母は「少しぐらいならええんよ」と苦笑いしながら飲んでいました。僕はまだ幼くその言葉にも力はなく、子どもが覚える原初的な感情であろう「ずるいこと」を祖母はしていると...

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2022年5月14日 (土)

消える原稿

今までに幾度となく人前で講演してきました。話すことを準備をし、予め調べてそして内容が固まってきたその時、ファイルが消えてどうにもならなかった事が何度かあります。2000年前後のMacは気まぐれにフリーズしその瞬間作っていた文書が全て消えるというのは、当たり前の事で、「保存」「保存」と一行書く毎にショートカットキーを押していました。今でも手が自然に物書きやプレゼンをしているときに、一呼吸おく度に「保...

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2022年5月 2日 (月)

自分の指を見張る。僕のポリコレ。

昨年、遠い親戚のある方を、僕が医者として最期を看取りました。親戚なので、僕も通夜に参列しました。その時、集まったその方の家族に、何故死に至ったのか、医者として誠実に説明しました。 その時、自分では全く気がついていませんでしたが、息子からこう言われたのです。 「人に説明するとき人を指さす癖は止めた方がいい」と。僕は驚きました。自分がそんなことをしているのに気がついていなかったんです。それ以来、自分の...

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2022年4月17日 (日)

「体を重ねることって」

僕が18歳との時、初めての女性の感触に夢中になった。一つ年下のガールフレンドは、クリスマスイブの夜に、どちらから誘ったわけではないのに、とても自然に一つのベッドの中にいた。 僕はどう行為を進めて良いのか分からず、じっとしているだけだった。僕の知識はせいぜいポルノビデオで、力強い男がただ女をねじ伏せて、やがて女は官能にいたるそんな筋書きばかりだった。 自分にはそんな力強さもなく、またねじ伏せるような...

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死を憧れていた彼女

彼女は最初逢ったときから、気になることを言っていた。「人間が死ぬことは自分の意思でどうにでもできることなのよ」と、死に対する憧れを話していた。 「ねえ、この本読んだ?この本の主人公はとっても美しい死に方するわよね。少しずつ身体と魂が透明になっていく感じがいいわ」 いつも彼女は家に帰ろうとしなかった。家には自分の居場所がなく、遅い時間まで広い公園や、自分の通院している名古屋の病院の大きな待合室の片隅...

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2022年3月29日 (火)

「アドバンスケアプラニング」ロボット

ACP(Advance Care Planning)とは、将来の変化に備え、将来の医療及びケアについて、 本人を主体に、そのご家族や近しい人、医療・ ケアチームが、繰り返し話し合いを行い、本人による意思決定を支援するプロセスのことです(日本医師会の解説より) まずアドバンスケアプラニングなど、不確実な近い将来に対してどう医療者と患者が向き合うのかとても関心がもたれていることと思います。未来に補助線...

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2022年3月22日 (火)

本の帯をどうしてますか?

自分で本を書き出版する好運を得てから、本の装幀や帯について考えてます。新著「不安の時代にケアを叫ぶ」は装幀と帯を青土社の編集者の村上瑠梨子さんが中心に考えてくれました。実は帯と表紙の馴染み方を僕は一番気に入っているんです。どんなに良い本も帯が破れると嫌になるんです。 今回の本の装幀は、水戸部功さんにお願いし、紙質は表紙も帯もサガンGAで、手で触るとエンボス感が分かる質感の紙です。 人は本を読...

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2022年3月14日 (月)

ケアの日本語訳は、世話ではありません。配慮です。

昨日は、所属している六甲フィルハーモニー管弦楽団の、定期演奏会でした。2年前に演奏会直前に中止を決めてから2年が経ってました。この間いくつかのオーケストラに参加したのですが、音楽活動や音楽体験の根本的な違いを、知ることになりました。音楽活動は、自分の「出番」がきちんとあると思える団体にいないと、自分がそこにいる意味を感じることが出来なくなります。大勢の中の一人として、自分は参加していないけど、自分...

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2022年3月12日 (土)

敗残の兵は何を思うのか

両親は70年代学園紛争の最中、学生運動に参加しながら僕を在学中に産む決断をしました。両親の権力に対抗する考えは、僕の中に確実にインストールされ、いつしか同じような思想を持つようになりました。 「間に合わないかもしれない」自分の活動、生きている間に、自分の望む世界にならないかもしれないという焦燥感から、人はいつしか短気になり、短期の革命を求めます。 医師も例外ではなく、おかしな発言...

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«「どんな時も直ぐに診察してほしい」